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小説

甘える練習は本番でもある

 ←脚も速けりゃ手も早い その1 →癒しがほしいから

※「癒しがほしいから」その後の話になってます。



甘える練習は本番でもある


*****



秀治とのやりとりを終えたあと、すぐにアプリを閉じて家を出る準備をした。
最終チェックのつもりで、玄関にある全身鏡の前に立つ自分の表情はあきらかに硬い。自分でも見慣れない疲れたような、気の抜けたような顔には原因があって、それが分かっていてもため息がでる。

これから秀治と会うんだから。そう思い、頬を引っ張りかけて、やめる。

(…この俺も、受け入れてくれる、はず)

今、いちばん心をゆるせて、もっとも許してほしいと思う相手だ。

無理をしているわけじゃなくて、ただ"良い自分"を見てほしいがための、ある意味ではかわいい意地っ張りであったが、もうそれもいいやと疲れた顔のままで家を飛び出した。笑って「なんだその顔は」と彼の指でつねってほしい。どうせ、あなたに会えば自分の表情なんて簡単に晴れてしまうのだけど。

秀治のマンションにたどり着いたのは、ぴったり19時半だった。
たった数分でも早く会いたい気持ちがおさえきれず、駅からここまで全速力で駆けた。今もエレベーターの前で足踏みしてる。どんだけせっかちな人なんだ?と勘違いされそうな行動に失笑し、でもしょうがないよなと受け入れて、玄関まで行きチャイムを押した。すぐに向こうから足音がする。

「いらっしゃい」
「お邪魔いたします。本日も顔面がエモいですね、おがんだら俺もなれますか?」
「前半と後半の温度差で風邪ひきそうだから、帰ってもらえる?」

実際に閉まりかけた扉に足を入れて阻む。
もちろん智紀のスニーカーははさまれることなく、寸前で止められ「早く入りなさいよ」とやわい笑みで迎え入れられる。拝んだらのくだりは冗談だけど顔面はエモい。

もういちどお邪魔しますと言い、靴を脱ぐ。えらいねと下げた頭を撫でられた。何のリアクションもできずに、靴と足の隙間に指を引っかける智紀を置いて「先に行ってるな」と手を振る。その後ろ姿を見て思う。

(こういうとき、教育がいいなって言ってたのに。そーいえば言わなくなったな)

落とされる言葉のひとつひとつに傷ついていたわけじゃない。いや人によっては本当に地雷だと思うけれど、幸い智紀はそこまで過敏じゃないし、実際に施された教育から生まれた習慣だから「そうだね」と頷くことくらいはできるだろう。
彼が"知っている"ことの影響はこういう小さなところにも芽吹きはじめた。それを嬉しいと思うのはたぶんもうすこし慣れたころ。

ぺたぺたと廊下を歩くと、すれ違いざま秀治が「手洗うだろ?」と洗面所を指す。

「あーうん」
「俺もシャワー浴びるから一緒に行くわ」
「やだ、一緒なんてえっち」
「そう思われると思ったら説明したんだよ」

黙ってついていくと奇妙な顔するだろ、と言われ「奇妙って何さ」とぶーたれつつ洗面所に向かう。

「おまえが消えてから脱ぐよ」
「えーみせてよ秀治のしっく…ふぉーぱっく」
「わざとだろ、それわざとだろ」
「いいじゃんフォーパックもかっこいいよ、秀治の腹ならシックス以上の価値あるから。自信持て」
「じゃあ智紀の腹筋も見せろよ?」
「おれは割れてないからムリ」

しゃばしゃばと洗った手についた水滴を秀治に向かって飛ばす。ほんの数滴だったけど、つめたいな!と顔をしかめる秀治が面白くてけらけら笑えば「子どもか」とツッコまれる。

「あーわらったわらった。先戻ってるわ」
「着替えてゆっくりしてて」
「はーい。あ、コンセント借りていい?スマホの充電したい」
「どうぞ」

宣言通り、秀治は本当に智紀が出ていくまで脱がなかった。やぶったら生着替えの写真撮って送ってやろうという画策がバレたのかもしれない。

リビングに戻って持参した部屋着に着替える。さっきまで家で着ていたものだから、首を通すときに嗅ぎ慣れた香りがして、それが秀治の家の匂いとまざるのが変な感じだった。
スプリングのきいたソファに体を沈め、ひじかけに並べた腕の上に頭をのせる。なんとなくテレビをつける気にはなれず、借りると言ったコンセントに充電器を挿すことも忘れていた。疲れた、本当に。

(何があったってわけじゃないのに、こんな、つかれるのって…)

智紀はストレスに強い人間だ。
幼少期からつねにプレッシャーを感じる生活に身を置いていたし、そのためか感情を抑制するのも、逆に発散するのも得意だった。だから幸か不幸か生きてこれてしまった。爆発することなく。

だが、同時に心が空っぽになっていく瞬間もあった。いつもたくさんの感情が生まれる、ときに投げ込まれるガラスの瓶が、穴があいてもいないのにキラキラが外に漏れだしていく感覚。そのスパンが次第に短くなっている。それは秀治の家に図らずも居候することになったあの日から。

(いいのか悪いのか、おれにはまだわかんないよ)

ぐだぐだと考えこんでいる間に、風呂から上がった秀治がリビングの扉をあけた。いつもは聞こえるはずのテレビの音がないことに彼は少し驚いているようだった。

「どうした?…って聞く前に、ごめんドライヤーするな」

ひじ掛けから頭をあげた智紀の顔はきっと、鏡で見たときと同じだった。秀治はにっこり笑って一度部屋を出ていき、またすぐにもどってきた。

「お待たせ。おとなりいいですか?」
「どーぞ」
「どうしたって聞こうと思ってたけど、そうだお疲れだって言ってたな。理由は聞かないほうがいい?」
「いや、ないよ」
「疲れてるだけ?」
「じゃないかもしれないけど…とにかく休みたくて」

するりと口をついた言葉で自分の本音を知る。
元気になりたくて会いたいと思ったことはあるけれど、秀治にヒーリング効果を求めたのははじめてだった。いや欲したのが初というだけできっと感じていたんだろうけど。

秀治は「そうか」とささやいて、数秒の間をあけたあと「じゃあ癒してあげよう」と智紀の服についていたフードを引っ張った。

「おいで、お兄さんのところに」
「…言ってはみたけど、秀治って癒し系じゃない気がする」
「そのほうがハードル低くていいな」

引き寄せられるがまま、肩に頭をのせる。

すでに何度か経験していても、やはり火のように体が熱くなるのは止められず、滲む手汗をごまかすために手をすり合わせた。秀治からは風呂上がりの匂いがする。香り付きのものを好まないから、湿った匂いと茶葉のひかえめな匂い、かすかに残る秀治の匂い。
短いシャワーでも代謝がいいせいか体がぽかぽかとあたたかかった。これで自分の体温もごまかせないかな、と鼻先をこすりつけた。

「いっつも同じ匂いだから落ち着く」
「それはよかった。俺は智紀の匂いを知れたの最近だけどな」
「ここ、秀治の匂いで満たされてるもんね」

独り暮らしの1LDK。どこもかしこも彼のものであふれかえっていた。智紀の匂いを知らないのは距離のせいと、あとは。

「うちに来たことないからな」
「一戸建てだろう?うらやましいな。俺は転勤族でマンションしか経験がないから。今の家は一軒家だけど」
「京都の家?」
「そうそう。そっちはそっちで慣れてないから、結局落ち着かないんだけどさ。自分の部屋もないし。このマンションのほうがよっぽど自分の家って感じがする」

ぼんやりした会話を果てなく続ける。
今日は秀治の口数が多かった。というよりは、智紀の口数が少ないんだろう。彼はもともと無口じゃない。ちょうど、5対5あるいは彼が聞き役になってくれて6対4の経験はあるけれど、じっくりと甘いなめらかな声に耳をかたむけたことは今日が初で、聞きほれてしまう。彼の声は良い。男性にしては少し抑揚のある丁寧な口調をしている。

しばらくは聞き役になってうんうんと相槌をしていた。正直話の内容より触れた箇所から響く音にこそ耳を傾けていたけれど。

「おとなしいと変な感じだな」
「そういう正直なところ、俺はきらいじゃないよ」
「髪の毛さわってもいい?」
「…いいよ」

ふわりと髪をまぜられる。その、手つきのやさしさの、愛情が染みていく。智紀の中にぽろりと投げ込まれた。生まれた感情は今、外に漏れていくばかりだけど、秀治のくれるものは溶けないし消えない。

(あ、無くしても平気ってそういうことか)

居候していたとき、同じ場所でそんな言葉をもらった。取られても、無くなっても、またあげるから大丈夫だよと。そういう意味だったのかなと、愛おしい目で見つめる彼に微笑みかえす。

「元気でたかも」
「それはよかった。いつでもおいで。俺も智紀が甘えてくれると安心する」
「なんで?」
「なんでかな?」

はら、はら。音は雪のようにあわいけれど、決してとけない強い感情は、あの日「この人に違いない」と心が訴えたときによく似ていた。

「…ありがとね、お兄ちゃん」

甘ったるくつぶやけば、秀治はゆっくりと目を見開いて。

「それ、ちょっときゅんとくる」

かわいいと心底嬉しそうに囁かれてしまったら、恥ずかしくてもう呼べないじゃないか。






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慈雨さまへ


慈雨さん、こんにちは!
お会いできてとっても嬉しいです~~(*ノωノ)♪


そういうときありますよね(T_T)
特別なにかあったわけじゃなくて、ほんとうにただ疲れたなぁという日。そういう日は癒しがほしくなる…

秀治さん、連勝中ですね!(笑)
智紀を通して慈雨さんのことも癒せたならなによりです。みんなまとめて癒せるなんて包容力の塊だ(ノ∀`笑)


いつもコメントありがとうございます。
見守ってくださる慈雨さんのおかげで更新続けられています。今後ともよろしくお願いいたします♡

かきうさまへ


かきうさん!ご無沙汰してます~~


そうでしたか!Σ(゚Д゚)
癒しをお届けできたみたいでよかったです。秀治様様ですね!

疲れた日に、激励でも共感でもなく、ただ「お疲れ様」と言ってくれる相手は貴重ですよね。ただでさえストレスの多いご時世ですし、おたがいに労りあって支えあってほしいなと思います。


コメントありがとうございました。
かきうさまこそ、お忙しいとのことで心身ともに大切にしてくださいね。お時間ない中でも会えて、わたしも元気もらえました(*´▽`*)

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