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この恋、終わるか始まるか。

28話 必中!看病イベント

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28話 必中!看病イベント



*****

「何やってんだろ、俺」

耐えきれなくなり、そう独り言ちてしまうほど、要はいま窮地に立たされていた。
こんなものを”窮地”と呼んで良いのかは分かりかねるけれど、とにかく自分にしてみればそう言っても差支えないくらいの状況なのだ。そのことは理解してほしい。

右手には、ロブに手渡された地図。左手には、レジ袋。そして、目の前にはおよそ大学生が住んでいるとは思えない、絢爛たる装飾がほどこされたマンションのエントランス。

芸術的な感性や教養のない要には、これをどう表現すれば良いのか分からない。オシャレなのだろうが、オシャレすぎてオシャレなのか判断しかねる、というのか。
ピカソの作品を見て「落書きみたい」と思うような小学生並のセンスしかない己には、こういった金のかかったものの良し悪しの理解が追い付かないのだ。つくづく、自分は庶民なのだと実感する。というか──

(宮先輩って、もしかしてお金持ち……?)

脳裡に浮かぶのは、自宅であるワンKの間取りだ。そもそもマンションとアパートを比べるのはおかしいのかもしれないが、比較対象はそれくらいしかない。
呆然と立ちすくみ、中層マンションを眺めている要は、客観的に見れば不審者だ。分かっているけれど、やめられない。

そんな間抜けな姿の青年を現実に引き戻したのは、スマホのバイブレーションだった。ポップアップ画面に「三浦智紀」と表示された時点で自然と携帯をしまいかけたが、そういうわけにもいかず、おそるおそるアプリを開いた。

『着いた?』

短文にもほどがあるメッセージに愕然とする。それでも今の頼りは彼だけである。いったん道端に避難して、電子機器越しに目の前にある建物の驚きと、要自身のパニックを伝える。

数秒もしないうちにきた返信は。

『たぶん合ってるぞ』
『コナーズさんが言うに"僕も最初は驚いた"らしいから。心配すんな』

"たぶん"じゃなく確約してくれよ、という魂の叫びをふたたび送信。すると、今度は膝の力を奪うようなものが返ってきた。

『今、LINEで先輩とやりとりしてる』
『伝言』
『”暗証番号を教える。マンションの中にあるオートロックで確認してくれ。鍵は開けておくから、着いたら勝手に入ってくれて構わない”だそうです。よかったね』

よかったねの後ろに「(笑)」が見えるのは要の目が悪いのだろうか。
それ以前に、どうしてこうもあっさり物事が進んでいくのかふしぎだ。嫌な案件に限ってサクサク状況が整っていくと、おそろしい気持ちでいっぱいになる。

(宮センパイも、なんで俺が来ること了承しちゃったんだろう)

一人暮らしなのに「来なくていい」と言うから、みんなが心配して講義のない要を向かわせたんじゃないのか。ここにきて直面した矛盾に返信の手がとまる。しかし、確証はないもののたぶん悠一の自宅の前まで来てしまった挙句、本人の耳にも話がいってしまったというのに今さら後戻りできない。

覚悟を決めた要は、打っていた文字をすべて消し『分かった』とだけ書き、返信ボタンを押した。それから深く深呼吸をし、ポケットにしまう。

マンションの中に足を踏み入れると、ぶわりと甘い香りが鼻孔をくすぐった。あたりを見まわせば、受付のカウンターに百合を中心とした生け花が飾ってある。上品な匂いにほんのすこしだけ緊張をほぐされ、オートロックの前に立つ。
十二のボタンをついさっき、メールで羅列されていた順に押していく。最後に”呼び出し”を押すと、ガラス張りの自動ドアがウィーンという重たそうな音とともに開き、ほっと胸をなで下ろす。

(よかった、合ってた…。ということは、本当にここに住んでるんだ)

持っている人というのはなんでも持っているんだな、と半ば放心状態のままその重厚な扉をくぐった。

悠一の部屋は、たしか十二階と書いてあった。2つもあるエレベーターのひとつを呼ぶと、近い階にいたのかすぐに迎えにきてくれる。押しつぶされそうになりながらも乗り込めば、いかにもお金持ちそうなご婦人が背後から自動ドアに向かうのが分かったので、要はそっと”開”のボタンを押した。

会釈をしながら入ってきた女性に、出来うる限り愛想よく「何階ですか?」とたずねた。すると、婦人はしわの多い顔をほころばせ「九階です」と答えた。言われたとおりにボタンを押すと、ほほほと軽やかに笑う。

「ありがとう。お若いのにきちんとされているのね」
「いえ。そちらこそ、お若いですね」
「あらまあ、お上手なのね。お世辞でも、あなたみたいなハンサムな方に言われると嬉しいわ」

そう言って目を細めた老婦人はとても品が良かった。きっと、単にお金だけを持っているわけではなく、本当に育ちが良いのだろうな、ということが一言二言話しただけで窺える。

「はじめましてだけど、こちらにお住まいなの?」
「いえ、今日は…遊び、に」

友人ではない、でも先輩というのはなぜか憚られた。要のごまかしに気づくことはなく、婦人は「いいわね」としわを深めた。

「楽しんでね」
「はは、ありがとうございます」
「その笑顔で会いにいけば、お相手もきっと喜ばれるわ。がんばってね」
「え」

そう言って、女性はいつの間にか開いていた扉から、フロアへ出て行った。はっとしたときにはエレベーターは勝手に閉まり、要を上階へ連れていく。

「ばれてたか」

自分もまだまだだなと髪を梳く。あるいは、人生の先輩を欺くには、単純に経験値が足りないのかもしれない。良い子ぶった笑顔には騙されてくれたのに、その奥の奥は。

(笑顔、笑顔…。そっか普通に感じよく見られてるのか)

元の顔は整ってる。にっこり笑ってさえいれば、そうそう悪印象を持たれることなんてない。センパイ相手にもそうしていれば、いいのに。そうしたら嫌われずに済むのではないか。

「無理して愛想悪くして何してるんだろ」

こぼした途端、ふっと要から不安が消えていた。次に鳴ったチンという軽快な音に背中を押され、ゆっくりとエレベーターから降りる。

「何かあるかもね」


そんな必然にも似た予感を感じながら、要は彼の待つ部屋の扉をノックした。






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