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この恋、終わるか始まるか。

29話 これでつかめたら苦労はない

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29話 これでつかめたら苦労はない





*****

フロアは十ほどの部屋数で、どれも十分な距離をひらいて扉があった。
遮音性の高そうな壁は、傍から見ると外部の人間の侵入を拒んでいるようで、不安感を煽られる。悠一の部屋は、フロアのいちばん左だ。

扉を前にすれば、先ほどの決心はすぐに揺らいでくる。ああ、行きたくない。外堀を埋められると逃げ出したくなる男の性分を必死でおさえ、要はそのドアをノックした。控えめな挨拶に、家主からの返事はない。

(あ、そういえば「勝手に入れ」って言われてたんだっけ)

とは言うものの、ほとんど交流の無い先輩の自宅に初めて伺っているというに、無言で上がるというのは、さしもの要も気が引ける。だが、風邪をひいているらしい悠一は、自分が起きてこられない可能性を考慮しての発言だということは察せたので、もういちど控えめにノックをしてから、ノブを回した。

「あい、た…」

開かなきゃよかったと聞こえる声でつぶやく。

玄関と短い廊下の先には、開けっ放しになった扉の隙間からわずかにリビングが見える。廊下の左側にあるのは、トイレと風呂だろうか。
他人の自宅などほとんど来たことのない要は、落ち着きのない仕草できょろきょろと部屋を見回してしまう。エントランスの時点で分かっていたことだが、ふつうに広い室内にすこし圧倒されてしまっている。

一歩、足を踏み入れると、疑いようもなく”彼”の匂いがした。他人の家に必ずある、あの独特の香りだ。決して不快な匂いではないけれど、体中を侵食するようにまとわりついてくるその感覚に、要は思わず内臓を守るように自らに腕を巻きつけた。

きちんと整理整頓された靴箱と一般男性よりいささか大きな靴に、とりあえず本人確認はできたため、おっかなびっくり家に上がらせてもらう。物音がしないということは、やはり悠一は休んでいるのだろう。

「お邪魔します………」

寝ているのなら邪魔したら申し訳ない、そして緊張で声が出ない。起きていたとしても間違えなく本人に聞こえないほどの声量であいさつをしつつ、廊下を進む。

歩くたびにビクビクしながらリビングにお邪魔する。と、ソファの上で横になっている悠一の姿を発見した。この言い方では少々失礼かもしれないが、要からしてみれば未知の洞窟に迷い込んだ探検家とさして変わらない心境なのだ。今日だけは許してほしい。

おもむろに目が合った悠一は、きょとんとした顔で身体を起こした。

「相沢が来たのか」

純粋に驚いた声は、事実を確認するかのような口ぶりで、すうっと頭が冷静になるのが分かった。それと同時に、脳内であのリアクション大魔王の笑い声がけたたましく響いた。

(先輩め…教えなかったな)

通りでおかしいと思った。メールで確認を”智紀"からとったと言っている時点で、すでに気づかなければいけなかったのだ。
教授から話を通したならば、悠一だって「教授が来るんですか?」と確認しただろうし、反対におせっかいな智紀相手なら、連絡を取った彼自身が来るだろうとわざわざ本人確認を取らない。

まんまとしてやられた。無駄なところで頭の回る男は、おそらく今頃は大学でニヤニヤとほくそ笑んでいることだろう。優雅に紅茶を啜りつつ。

然れども、まさか本人に「来たくなかった」とは言えない。
苦虫を噛み潰したような顔になっているのは、鏡を見なくとも分かるので、顔を伏せながら「まあ」と答える。その声色は、情状酌量の余地なく不機嫌で、己のことながら引いた。

(うーわ、なんでこういう言い方するかな……感じわっる)

せっかく、表向きは”先輩が心配で様子を見にきた後輩”なのだから、余計なことをしなければいいのに。一方的に気まずさを感じた要は、伸びた前髪の間からそっと悠一の姿を窺う。

見た限りでは、それほど様子は変わっているように見えない。ただ、いつもはセットされている茶髪に寝ぐせがついている。
そして、横になった身体に纏っているのはゆるいスウェット。かっちりとした服装が主な彼のイメージを覆される、寝乱れたスウェットから覗く男らしい体つきに、要はさらに窮地に追いやられた気がした。

クラクラと視界が回る感覚に頭を抱えたくなる。でも、悠一の鎖骨から肩にかけたラインに視線が外せない。分かりやすく、目が釘づけになってしまった。

(ああ……俺、ホモだな)

何を冷静に言っているのだろう、なんて野暮なことを胸中で言う。そして、要のような後輩を持ってしまった悠一に対し同情の念が湧き、吐き捨てるように自嘲を口にした。

「嫌でしょ」
「………何故?」

これ以上なくふしぎそうに聞き返され、調子が狂う。嫌だろう普通。要だったらやだ。

仲良くもない、接点もない、愛想もない後輩がいきなり──確認は取っていたけれど──自宅に上がり込んだら、ふつうに考えて不愉快だろう。しかもそいつは、同性の身体を見て顔を赤くしている。これを”嫌”と言わず何というのだろう。

自分の意見ながら的を射た回答にやるせない気分になりつつも「べつに」で誤魔化した。ソファに横になったままの悠一は、そこまで具合が悪そうではない。が、時折眉をしかめることから頭痛があるんだなと思った。ここまで来たしまったのだし、せめて先輩方に言いつけられたことだけはして帰ろう。

要は左手に持っていたレジ袋を持ち上げて問う。

「何か食べられますか」
「いや…ああ、そうだな。頼んでいいか?」

条件反射で断ろうとした悠一だが、要が手にしているものの存在を確認すれば、苦笑して「YES」と言った。

先ほどから持っているこれは、自宅に到着する前に、最寄りのスーパーで購入しておいたものだ。中には、食材と市販で売られている薬が入っている。細かい症状は聞いていなかったが、どちらにせよ腹に何かを入れなくては薬は飲めない。そのことは分かっているので、お互いに頷く。

リビングには、清潔なキッチンが備え付けられていた。そちらを視線で示しながら、なるべく不信感を抱かせないよう、努めてほかの先輩と話すときと同じ声を出した。

「あの、キッチン……使っても」
「ああ、気にせず使ってくれ。悪いな」
「なにか食べれないものとかありませんか」
「基本的には苦手なものはない」
「そうですか。じゃあ、ふつうにお粥とかで」

確認を取ってキッチンに向かう。あまり使用感のない流し台になんとなく、彼が料理をしないことを察した。まあ、大学生の男なんてそんなもんだろう。この時代、コンビニ弁当でもレトルト食品でもそれなりに美味く、健康にも問題の無いものがたくさん売られている。外食をするにしても、それほど懐を痛めない値段で食べられるし。

そもそも悠一には素敵な彼女がいるのだ。あのいかにも”わたし、女子力高いんです!”みたいな容姿をしていた女性だ。きっと、料理くらいお手のものだろう。悠一くらいのスペックがあるのだから、今までだって恋人が切れたことはないはず。

(羨ましいことで)

逆恨みにもほどがあることを思いながら、レジ袋から食材を取り出し、台所に置く。食材と言ってもレンジでチンでつくれる冷凍パックの米と、たまご、そして最低限の野菜しかない。手と野菜を洗い、まな板と包丁を借りる。使い慣れていないものだと切れ味の具合が分からず、うまくできないこともあるが、それほど問題はなかった。

とんとんとリズムよく野菜を刻んでいると、感心したように悠一がつぶやいた。

「料理、出来たのか」
「……一応」

そうか、おなじ空間にいるのだから会話はあるか。まあ、顔を合わせないだけでも救いだ。
我ながら生活能力のない要だが、実は人並みにはつくれる。その理由は、ほかでもない和泉のおかげであった。

──…要、料理できるようにならない?
──…なんで?べつにできなくても良くない
──…んー、そうなんだけど、たぶん要はやっておいた方が良いかな、と思って

ふうんと気のない返事をする要に、彼はにっこり笑って。

──…ふふ、それに”男は胃袋でつかめ”って言うでしょ? ぜったい役に立つよ

すでに要のセクシャリティを知っていた和泉はそう言って、決して物覚えは良くない要に根気よく手ほどきしてくれた。今は目の届く範囲にいるけれど、いずれ要が家を出ることを想定していたのだろう。食に関心のない要がひとりでもちゃんと食事をするように、彼のレシピをたくさん教えてくれた。

その中で「自分も料理は得意じゃなかった」とこぼしていたのを思い出した。食に関心のなかったイクトを変えたのはたしかに彼で、胃袋をつかむという言葉があながち嘘でもないんだなと思ったのだ。

おかげで胃袋をつかんでるから浮気されないよ、といたずらっぽく笑っていたことも。言外に「要も良い人を見つけてほしい」と言っていたのだろう。当時、押しが弱く大人しかった要が自信をもって”武器”だと言えるものを彼はつくってくれようとしたのだ今なら分かる。

思い出せば、どの記憶の中でも、和泉は要のためにいろいろと気を配ってくれていた。そのおかげで、悠一に振舞うことになってしまったのは、想定外だったけれど。

(……結局、”彼氏”には手料理つくったこと、ないな)

それ以前に自宅に入れたことすらない。これでよく”遊びまくっている”という噂が流れるものだ、と人の話好きと尾びれや背びれの付き方に感心にも似た感情を覚える。

鍋にレンジであたためておいた白米を投入する。そこにたまごを入れ、かるく沸騰させる。すると、周囲にふんわりと米のあまい香りがただよい、食欲をそそられる。もっとも、要は緊張で匂いなどほとんどしない。失敗しないか不安だ。煮詰めるだけで、失敗も何もある料理ではないけれど。

最後に刻んだネギを上に添え、完成だ。感想を言えば「まあ、こんなもんだろう」と言った感じ。可もなく不可もなし。病気の先輩に出しても差支えないレベルにはなった。これで良い。食べられさえすれば、べつに美味しくなくて良いのだ。洗い物は悠一が食べているときにすれば良いから、いちど放置する。

湯気の立ったそれを彼のもとに運ぶ。ソファの前にはローテーブルがあるので、そこに置いた。


「どうぞ、食べられますか」





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