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「本編」
小説

待ち人、来たり。 その3

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【待ち人、来たり。】




精一杯、華やかに飾り立てられたショーウィンドーと、ビカビカと光る電飾で彩られた主張の激しい看板が、交互に目に入る。

所狭しと並ぶマネキンは、自分の着ている服よりずっと上等で、思わず目をそらしたくなるほど洒落たものを身につけている。

この個性的な色合いのジャケットと、ともすれば下着が見えるのではないか、と心配になるほど下の位置で着られたズボンは、果たしてオシャレとは何なのだろうと思ってしまう着こなしであった。

流行に乗りつつ「個性的ファッション」と大々的に銘打っているのは、日本人の八割は知っているであろう有名店だ。そ

の妙にアンニュイな雰囲気のモデルが起用されているポスターを見て、秀治は耐え切れず嘆息した。


年下の友人──もとい弟のような存在である三浦智紀につれられてやってきたのは、目も耳もなんなら頭も痛くなるような某ファッションストリートだった。

なるほど、今どきのオシャレな店は客の呼びこみをしないのか、なんて考えている秀治には到底理解しがたい、若者の最先端を行くショップがこれでもかというほどひしめいている。

そんな街に来てみたは良いものの、どうにも物慣れない自分は彼の後ろを大人しくついて行くしかない。

軽快なダンスミュージックは「ここはクラブか」とツッコミをいれたくなるほどの大音量だ。

しかも、キャッチをしない分、音の大きさで張り合っているのか、店を過ぎるごとに曲も入れ替わり、ぐわんぐわんと不快な音となって頭を駆け巡る。

情報処理が追いつかない脳には、今回ばかりはすこし同情する。そうだ、これは自分の脳の性能が悪いわけではない。


そんな中、慣れたようにショップ内を徘徊する現役大学生の──つまり”若者”に分類される──智紀は、鼻歌をうたい出しそうなほど上機嫌であっちにいったりこっちにいったりして、要領よく店を見ていた。その

後ろ姿に効果音と付けるなら”ぴゅんぴゅん”とか”とてとて”とか、そうい う感じだろう。

動物にたとえるなら、さしずめボーダーコリーだろうか。智紀は茶髪だから、どこにもボーダー要素はないが。

なんていうくだらないことを考えてしまうレベルで、秀治が戸惑っていることをいい加減、察してほしい。

しかしながら、日本人特有の「空気を読んでくれ」というオーラは、智紀がこちらを見ない限り伝わらない。

それもそのはず、身長はそれなりにあるが、細身で小回りの利く身体は、秀治を置いてどんどん先に行ってしまうのだ。

ふいに立ち止まった智紀は、くるりと反転し、秀治を仰いだ。

振り返らなくてもついて来ているだろうと信じて疑わない彼を「かわいい」と思えばいいのか「男らしい」と思えばいいのか、秀治には分からなかった。

「おっ、ここいいんじゃね?」

「そうか? いや、わからん……おい、智紀!」

そう言って智紀が入ったのは、これまで見た中にない照明をすこし落とした、薄暗い店だった。

仕方なく秀治もそれに従い、意味もなく周囲を二、三度見回したのち、後を追った。


白と黒のモノトーンで統一された店内には、静かなバックミュージックが流れている。

比較的、落ち着いた雰囲気のおかげで店内に人はすくなく、年齢層も二十代から三十代くらいを主としていた。

ようやく、肩の荷が下りたような気がしたのもつかの間、一瞬のうちに智紀の姿が消えており、今日何度目かのため息をこぼす。

彼のことを面倒に思ったことや、わずらわしく思ったことはないが、このマイペースさにはいささか驚かされる。

というより、ついていけていない。

これが社会人と学生の差なのか、智紀がとびきりマイペースなのか判断しかねる。

しかし、両方あながち間違っていないような気がした。

やわらかい髪質のため、毛先がひょこひょこはねている智紀の髪型は、見つけやすくて助かる。

何よりも赤いジャージは、ほかに着ているひとが限られているので、はぐれてもすぐ分かった。

行儀よく並べられた洋服を手に取り、うんうん唸っている彼に近づくと、目線はそのままに話しかけられた。

「んー、やっぱ秀治は、こーいうチャライのより落ち着いたやつの方がいいのよな……や、したらワンパターンになるから、買いにきた意味なくなる。いっそ、冒険するくらいがちょうどいい? あっ、でも身長あるからライダースジャケットとか似合いそう。これに合わせんなら、レザー系? あー、けどローライズパンツは、おれ好きじゃないんだよな。スキニーは秀治きらいそうだし………って!おーい、聞いてる?」

「聞いてるけど、何を言っているのかは分からない」

「はあ?」

「はー、じゃねえよ。日本人なら日本語しゃべれ」

「しゃべってるよ! ったく、これだからまじめ人間は」

「適当人間のお前さんよりマシだ」

「で? けっきょく、秀治はどういうのが好きなんだよ。やっぱ買うなら、自分も気にいるやつがいいじゃん?」

「…今さらなことを聞いてもいいか」

「なに」

「ここには、俺の服を買いに来たんだな?」

「もっちろん」

店のロゴが記されたハンガーを掻き分け、あれでもないこれでもないと言っている智紀は、服を見るのに夢中で、秀治のこ となど
目もくれない。

けれども、一応話は聞いているようで、コクコク頷きつつ──頷いているのは秀治にではなく、洋服にだ──質問には「YES」と答えた。

納得したような、そうでもないような気分だ。

ただ、今まで智紀が「服を買いに行こう」などど言ったことはなかったため、そのことに驚いているのだろう。

たしかに何度か「秀治の服装は、ワンパターンだ」と言ってくる智紀に「お前はジャージしか着ないだろう」と冗談っぽく切り返したことは覚えている。

そう、智紀はいつだってジャージしか着ていないのだ。

だから、てっきり”着飾ることが好きではないのだろうな”と思っていたが、さすが若者と言うだけあって、流行には敏感らしい。

正直、秀治は先ほどの単語は半分しか聞き取れなかった。これで三歳差しかないという事実は、にわかに信じがたい。

「なあ、やっぱりロック系は好きじゃない?」

「いや……べつにそういうわけでは」

「したらぁ、チャレンジしてみるのも良いかもな」

はい、と差し出してきたのは、ボアつきのライダースジャケットに無地のシャツ、わずかにダメージ加工がほどこされたジーンズと、銀色のバックルが印象的なベルト。

極めつけは、シンプルながら隠し切れないオシャレ感がただようシルバーのネックレス。

秀治がイメージしていたほど”ロック”という感じではないが、今まで身につけたことのないタイプのデザインにしらず顔が引きつった。

そんな表情を物ともせず、服と共に試着室に押し込んだ智紀は「いってら~」とのんきに笑っている。

(…マジか )

洋服屋の試着室に入って「マジか」も何もないのだけれども、口をついたことばは、どうにも後ろ向きだった。

どことなく良い香りのするせまい空間は、言い表せない不安感に満ちあふれている。

それならば、はやく着替えてここから出るしかあるまい。

秀治は何かを決意した面持ちで、智紀に渡された服たちに着替え始めた。

触り慣れてはいないものの、着方自体は変わりないようで、とくに困ることなく着替えに成功した。

とはいえ、鏡に映る自分を見る勇気はなく、さっさと外に出る。

すると、待ち構えていたのか智紀がニヤニヤと人の悪い顔をして立っていた。

が、己の姿を見た途端、ぽかぁんとした表情に変わり、つぎに眼球が零れ落ちそうなほど目を見開いた。

「お、おう………へ~」

「…悪いなら 、悪いとはっきり言ってほしいんだが」

「は!? 悪いなんて言ってないじゃん。べつに、や、うん……悪くないんじゃないの?」

なぜかしどろもどろに否定する智紀は、秀治と目を合わせようとしない。

そんなにおかしいのか、と店内の全身鏡にうつった自分の姿を確認すれば、それ以上でも以下でもなく、ロックテイストの服装を着た己だった。

変か変じゃないかと訊かれれば「変じゃない」と答えるが、似合っているか、似合っていないか、と訊かれれば、首をかしげたくなる。

鏡は等間隔に配置されたライトを反射し、胸元で存在を主張するシルバーアクセサリーをキラリと輝かせた。

(こういうの、智紀の方が似合いそうだ)

反射した光がちょうど智紀の頭上を照らすので、秀治は首にかけた チェーンをそっと手でおおう。

もういちど、友人を見れば、今度は目が合った。

しかし、めずらしく困ったような焦ったようなふしぎな顔をしている彼は、すぐにむっと唇をとがらせた。

なんだよと聞けば、智紀は拗ねた仕草で「秀治はなにを着ても似合う」と言った。

「バカ、言うほど似合ってないだろ。むしろ、お前の方がこういうの似合いそうだ」

「誰と比べてーとかじゃないんだよ、こーゆーのは。自分に似合うか、似合わないかなの!」

「それはそうかもしれんけど」

「あーあ、なんか腹立ってきた。じゃあ、つぎはこれ着ろよ」

「え、つぎ…って」

「一回、試着してハイおわりーなわけないだろ。文句言わず行ってこいよ、イ・ケ・メ・ン」

奇妙な節をつけた智紀は言うほど腹立たしげではなく、どこか 楽しそうにも見えた。

そこで「あ、着飾るのが嫌いなんじゃなくて、人をプロデュースしたいタイプか」と気づいた。

その証拠に、送り出した瞬間、智紀はまたあたらしい洋服を探し始めている。

自分が着ればいいのに、とはこの状況ではさすがに言えず、秀治はふたたび大人しく試着室へと向かった。


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