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「本編」
小説

待ち人、来たり。 その4

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【待ち人、来たり。】





それからのことは、正直あまり思い出したくない。


秀治のことを着せ替え人形か何かと勘違いしているのでは、と半ば本気で逡巡してしまうくらい、何度も試着室と店内を行き来し、そのたびに違う服を腕に押し付けられた。

今までまったく知らなかったが、智紀はとてもファッションのセンスが良いらしい。

らしいというのは、オシャレに疎い自分の意見ではなく、このショップの店員の言葉をそのまま流用したからだ。

しばらく、店内に居座っている秀治らに、これまたオシャレで仕立ての良い洋服を身に纏った店員が「何かお探しのものはありますか?」と完璧な営業スマイルで話しかけてきた。

さすがファッション業界で働いているだけあって、三十代を少しすぎたくらいの男性店員は、二重三重の意味で格好が良かった。

筆記体のロゴが入ったシンプルなシャツには、どう巻いたらそうなるのか想像もつかない、小洒落た巻き方のストール。

少しばかりタイトなモスグリーンのズボンは、綺麗に編み上げられたブーツの中におさめられている。

自分がやったら数時間もかかりそうな束ね方の髪は、目にかからないようにピンで留めてある。

変に若つくりではなく、それでいて古臭くない絶妙なバランスだ。

そんな隙のないイケメン店員に話しかけられ、そもそも目的など知る由もない秀治がやんわりと苦笑を浮かべると、横から智紀が仲介を買って出た。

「えっとー、この、彼に似合う服を探しにきたんですけど、なかなか決まらなくて」

「そうですか。トータルプロデュースをご希望で?」

「出来れば。でも何か……んー、イメージが変わるようなものがあれば、それでいいです」

「なるほど、イメチェンですか」

良いですね、とうなずいた店員は、秀治の方が智紀に付き合ってもらっていると思ったのだろう微笑ましげに目を細めて見せる。

それをいちいち訂正する気には到底なれず、こちらも曖昧に笑っておいた。

(イメチェンなんて、初耳なんだが)

無論、それもこのシチュエーションでは口に出せない。

言 いたいことだらけなのに、なにひとつ言葉には出来ず、内心「まいったな」と首元に手をやる。

しかし、人見知りしない上にどうやら大学で磨きをかけているらしいコミュニケーション能力の高さを存分に発揮した智紀は、まるで旧友とでも話している口ぶりで続ける。

「いくつか着せてみたんだけど、しっくりこないんですよね」

「ああ、先ほどほかの方の接客をしているときに、すこし見させていただきました。とても良いセンスをされていますね。てっきり、ご友人さまがいつもああいった格好をされているからだと」

「そうですか? 正直、おれはあんましオシャレとかしないんですよね。あ、見て分かるか」

そう言って自らの裾を引っ張った智紀は、茶目っ気のある表情で、犬歯のようにとがった八重歯を見せる。

店員もそれに合わせて笑い、こちらも冗談っぽく「たしかにジャージで来られる方は、少ないですね」と肩を竦めた。


なんだろう、この状況は。

もしかしてこのふたりは、本当に昔馴染みだったりするのだろうか。

それとも今どきの客と店員の距離感は、これが普通なのか?

決して自分も人見知りではないと思っていたけれど、生真面目な性格の秀治は混乱した。

そんな秀治はすっかり蚊帳の外で、しかし滞りなくふたりの会話は進んでいく。

ただ、話題が話題なだけあって、彼らの瞳はずっと己の姿を映しながらしゃべっているのが、なんとも気まずかった。

「では、私も洋服選びに参加させていただいてもよろしいですか?」

「もちろん、プロの方の意見が聞きたいんで。むしろ、決め兼ねてたから助けてください」

「あはは、分かりました。じゃあ、遠慮なく口を挟ませてもらいます。……ご友人さまは、いつもこういったテイストの服装を着られて
いるんですか?」

「そうなんですよ、いっつも変わり映えしなくて。な、秀治?」

「ええ、まあ。変わり映えしないは余計だけど」

「それでイメチ ェンをご希望なのですね」

「ですです。どーいうのが良いですかね……私服をしってると、逆に選びづらくて」

智紀の話を聞いた店員は、いちど秀治を上から下まで眺め、すぐに近くにたたまれていた洋服のひとつを手に取り「こちらは、いかがでしょうか」と言う。

「シャツに細めのタイを合わせたものです。デザイン自体はスタンダードですが、こちらの袖が七分丈になっておりまして、折り返しに柄が入っているんですよ」

言いながら器用にタイの裏地を見せたり、裾をまくったりする。

つらつらと流れるような説明に感心した気になるのは良いが、やはりほとんど何を言っているのかは分からなかった。

薄手の素材のそれは、たしかにシンプルながら没個性ではない良いラインだ。

店員の言ったとおり、捲られた袖口にはチェックの柄が入っており、Yシャツとほぼ変わらないデザインでありながら、私服として違和感のないカジュアルさがある。

生地も良いんですよ、と言われるまま触れてみると、やはりスーツのときに使われるような綿もしくはポリエステルではなく、何かほかのやわらかい素材でつくられていた。

これなら、着苦しくもないだろう。

となりにいる智紀も感心しているのか首をかしげつつ「へえ」と呟いている。

「良いですね。ただ、こういうの似合うかどうか不安で」

「お客様でしたら、間違いなくお似合いかと思いますよ。スーツ姿、女性に褒められたことありませんか?」

「あ~……あり、ます、かね。お世辞だと思いますけど」

「そんなことないですよ。今のお洋服か らでも体格の良いのが分かりますから。せっかくですし、こういったものの方が良いと思いますよ」

「秀治、イイ身体してるもんなー」

服の上からでも分かるものなのか、とプロの眼力に素直に感動する。

たしかに、高校時代に部活程度の範囲ではあるが、剣道に打ち込んでいた秀治の体躯は、しなやかな筋肉が全身を覆っていた。

とはいえ、ボディービルダーのようにボコボコと隆起をつけるスポーツではないため、それほど人から指摘されたことはない。

無論、服の下にはそれなりの筋肉が潜んでおり、良い身体だと言われることも珍しくはないけれど。

それを知っている智紀は、確認するように秀治の肩や胸のあたりを雑な仕草で触った。

見せつけるために鍛えられたものではなく、使えるものしかな い上質なそれに、どうやら細身がコンプレックスである彼は、無意識だろうかむっと顔をしかめる。

だが、当然ながら初対面の店員の前で怒り出すことはなく、彼を振り返って言った。

「やっぱ、体格を生かせる服がいいですよね。こう、ごてごでした感じじゃなくて」

「そうですね。お客さまがお嫌でなかったら、ぜひ」

にこやかなふたりの意見に逆らえず、思わず「大丈夫です」と言ってしまう。

秀治の好みにもそれほど逸れていなかったのが幸いだ。

あれくらいのレベルなら、あまり気負わずに私服にできるだろう。

そして何より、自分よりも目の前にいるふたりの方がセンスが良いのは言わずもがな。

だったら、下手な口を挟まずに任せたおいたほうが、無難な結果になりそうだ。

そう思った秀治は、智紀にだけ見える所作で、ちいさく降参のポーズをとった。

視界の広い彼の目にはきちんと映ったらしく、にやりといたずらっぽく口角を上げたのが分かる。

ついで「あとは任せたぞ」の意味を込めて、隠し切れない嬉しげなオーラを振りまく弟に秀治の位置を譲った。

「これに合わせるなら、どれがおすすめですか」

「うーん…やはり、王道はスラックスでしょうか。正統派なので、お手持ちのものでもそれなりに見えますよ」

「イメチェンになりますかね」

「でしたら、ラフなジーンズと合わせるのも良いと思いますよ。この時期だと、ハーフパンツがおすすめです。……こちらはどうでしょ
うか」

「あー、良いかも。どう? 秀治」

「……露出は、ちょっと」

「ふはっ!女子かよ~」

「女子だったら、むしろ嬉々として出してたわ」

「はは、露出は好まれませんか? それなら、こちらのスマートなデザインはいかがでしょう。一見、窮屈に見えますが、伸縮性があるので、くり返し着るうちに身体のラインに合ってきますよ」

「へ~、こっちもいいな。秀治もこれなら良いよな」

「そうですね。……こっちも似合うかどうか、疑問が残りますが」

躊躇いがちな秀治のことばをふたたび「問題ないと思いますよ」と一蹴した店員は、むしろ智紀の意見の方を参考にしているらしい。

まあ、そちらのほうが有り難いけれど、どうしても不安が残る。

この、秀治の許容範囲からギリギリ足を出さないポイントを上手いこと探し当てるふたりに、呆れとも感心とも似つかない吐息がもれた。

とはいえ、あくまで”客”は秀治なので、店員は上品な仕草で試着室を指し示す。

「よろしければ、ご試着されてみますか?」

「あ、そうですね。秀治、いってこいよ」

「……わかった」

さすがにもう抵抗する気は起きない。

もはや見慣れてしまった試着室に靴を脱いで入ると、カーテンの外から楽しげに談笑する声が聞こえる。

若干、くだけた口調の店員が何かを言い、それをあわてて智紀が否定していることは察せた。仲良くなりすぎだろう。

おしゃべりな智紀が己のことをネタにしていないことを祈りつつ、綺麗に畳まれた洋服たちを身につけていく。

まるで着替えのできるマネキンだな、と思いながらも手早くそれらを纏うと、さま ざまな問題が出てくる。

ボタンはどこまですれば良いのか、とか、ズボンはいつも通りの位置で着れば良いのか、とか考えてはみたものの、あの二人に任せるか、とけっきょく何も触らないまま試着室を出る。




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