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この恋、終わるか始まるか。

8話 賢くもおせっかいな男

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8話 賢くもおせっかいな男




*****

「言いたいことがあるなら、聞くけど?」

少々乱暴な所作で携帯を鞄にしまいつつ、先手を打つ。

その声で、飲み終えたカップを流しで洗っていた智紀はくるりと振り返った。と思ったが、んーという生返事のあと、すぐに手元に視線を戻す。

ちらりと見えたその表情は、真意の読めない真顔だった。相変わらず、何を考えているのか悟らせない男だ。けれど「ふん」と小さくこぼした薄い唇は、嫌味なほど綺麗な弧を描いていて。

(ウザい……)

端的に言えば、そういうことになる。
彼には間違いなく要をイラつかせる才能があると思う。いらないだろうけれど、そんな才能。一見、人懐こそうで明るい智紀は、チャラいという意見を除けば、好意的な印象を持たれることのほうが多い。

例にもれず、要も初めて彼を見たときは「まぶしいなぁ」と素直に感心したものだ。怖かったけど。今となっては、前言を撤回しなければいけない域に達してしまっている。
ぜんぜん懐こくないし、むしろ何考えてるか分かんない。

意図的になのか、無駄にゆっくりと時間をかけて洗い物をする智紀。
意外とバランスの良いその後姿をただ見つめ続けていると、ようやく彼は目を合わせた。つまり今までの一連の流れは、要に対する嫌がらせだったと断定して良いだろう。
机に頬杖をつきながら嘆息する。こういうときの智紀は、得てして耳に痛い事しか言わない。

(聞きたくない…)

それを口に出す気がないというのなら、教えてくれない方がきっと要の心は穏やかでいられる。
すっと視線を外す。智紀はそれを合図に「相沢」と呼びかけてきた。

「何?」
「なんか落ち着きなくない?どうしたん、今日は」
「…別に?」
「ふうん」

はぐらかすと、あっさり引き下がった。
それが逆に不安を呼び、要は黙ることしかできない。智紀がすました顔をすればするほど、悠一を避けている事実が浮き彫りになる気がした。誰にどれくらい、バレているのだろう。いろいろ考えが巡って、結果ますます落ち着かない。最悪のループだ。

「相沢ぁ」

テンションの低いとき特有の、眠たそうな声に名前を呼ばれ、顔を上げる。すると、珍しく要からしても優しいと言える表情をしていた。
毒気のない、親愛すら湛えたチョコレートの瞳に臆され「なんですか」とぶっきらぼうに返すと、智紀は言った。

「宮先輩と、どんな話してたの?」

いつもと違って本当に優しげな顔をしていたから、話を聞く気になったのに。
どうやら、センパイの思うつぼだったらしい。聡明そうに光る瞳。見た目通りの頭の軽い人じゃないことは、そろそろ認めなければいけない。

要は余裕ぶって、美しいラインを描く顎をくいと動かしてみる。

「どんな、って…べつに普通の話。センパイが特別興味惹かれるようなことは言ってませんでしたよ」
「へえー?おれとしては、お前が話してたってだけで、面白過ぎて興味津々だけど」
「僕だって人と話すことはありますよ」
「うっそだー思いっきり避けてるくせに」

きっと睨む。彼は意に介した様子もなく椅子にどかりと座った。心配してくれてるんだろうけど、方法があまりにも意地悪だ。ショック療法という言葉が脳裏をよぎる。

頭をふって追い出しながら「仕方ないでしょ」と言い訳した。

「苦手なんですよ、ああいうタイプ」
「さんこーまでに得意なタイプを教えてくれ」
「…和泉とか?」
「和泉くんを苦手なやついねーわ」
「それは買いかぶりすぎでしょ」

なぜか全幅の信頼を寄せているらしい、和泉の名前を出した程度じゃ、ごまかされてくれない。すぐに「本当のとこは?」と切り返される。その口調は、ちょっぴり面倒くさそうで"いいからはよ言え"という思いがありありと覗いている。

要は数拍言いよどむ。しかし、どうせそのうちバレるかと本音をぶつけた。

「…嫌なんです」
「なにが」
「ゲイだってバレるの」
「なにを今さら」

あっきれた、と素直すぎる感想を吐き出す。

「そんなんお前が言わなくたって時間の問題じゃん。噂が耳に入らない保証もないし。つうか、今だって知ってるかもしれねーぞ? 気を遣ってくれてんのかもしれないじゃん」
「これ以上気を遣っていただくわけにいかないから、距離を取っているんですよ」
「うわーでたでた」

嫌味ったらしい口調。あえて要の嫌がる言い方をするのは、見透かされている証拠か。じっと見つめてくる目が探るような色をしている。

「ほかは?」
「ほか?」
「心配事とか、ねえの」

ずずずと紅茶をすする。やさしさをぶっきらぼうで隠す不器用な先輩は、ひたすら要の心に寄り添おうとしてくれる。こうなると、はぐらかす気を削ぐからずるいなぁと思う。

「バレるのが嫌って言ったのは本音です。ただ、たとえ宮センパイが良い人でも、うまくやっていける自信はありません。こんな、性格ですから」
「よくわかってんじゃん」
「…どうしたらいいですかねぇ」

ぽつりと落とした声に、智紀が黙り込む。うーんと考える仕草。ほんとうはうまくやっていきたい。けど。

(コミュ力が足りないからなぁ…今更後悔しても遅いけど)

人と関わらずに生きてきてしまった。それを選んだのは自分自身だ。誤りだと思いたくはないけれど、もう少しまともに生きていれば、こんな悩みを持たなくても済んだのかなと甘えがよぎる。

智紀は、何かを思いついたのか、身を乗り出して言った。

「よーするにさ、安心できればいんだろ?」
「というと」
「宮先輩に偏見がないってわかればさぁ。多少マシじゃない? おれだって性格的に問題ある人と、一緒に過ごすのやだし。どんな人か分かんないから心配なんだろ?」
「そうとも言いますが」
「どっちにしろ、ちゃんとした理由があれば、どっちにも転べるじゃん」
「問題があったら?」
「コナーズさんに相談できる」
「…なかったら?」
「相沢さんに、なんと!男友達が!! ふふん、イイ作戦じゃね」

胸を張る先輩に嘆息する。確かにそうかもしれないけど、あまりにも希望的観測じゃないか?
ガタンっと音を立てながら座り直した先輩に、ジト目で送る。

「どうやってカマかけるんですか」
「そこは情報収集よ。つうか、鎌って言い方性格悪いからやめろ。せめてリサーチだろ」
「同じことでしょ」
「おれとしては、要らないとおもうんだよねー。良い人そうじゃない?」

ならば"リサーチ"する必要なんてないのでは。
思ったままを口にすると、智紀は「でもさ」と付け足す。

「おまえは"勘"じゃ安心できないんだろ?」
「それは、そうですが…勝手に警戒しているだけなので、巻き込むのも」
「新しく知り合ったひとが、どんな人か気になんのはふつーのことじゃん。そんなこと言い出したらおまえ、警戒心ばりばり出してる時点で、じゅーぶん失礼だぞ」
「…まあそうですね」
「そんなむずかしい話じゃないって。どんな人か、話してみるだけ、な?」

智紀はわらう。あまり大きくない目をさらにくしゃりとする表情は、きれいではないけれど魅力的で好きだった。要は「なにか分かったらお願いします」と了承した。でも。

「どんなに良い人でも…期待はしないでください」

靴に付いたヒールを眺めながら付け足した。智紀はまばたきをする。

「宮先輩に問題がなくても、僕に、ありますから。もし彼が受け入れられないと言うなら、仕方ないと思います。無駄にかかわって、俺に誘われない保証もないし、ねぇ?」

大学という健全な場で、そのセリフはやけに奇妙に浮いた。そのアンバランスさこそが、相沢要という人間なのかもしれない。

「俺って、誰とでも寝るから」

噂をなぞらえて、呟く声は明るい。強がっていたり、空元気の切なさなど微塵も感じさせない。むしろ安心したような響きは、自分を傷つけることで生きているという実感を得る不安定さが滲む。
しかし、智紀は普段と何一つ変わらないトーンで、相槌を打つのみだった。それが、要にはなぜか心地よい。理由は考えたくなかった。

「わかった。でも、どうにかするから。待ってて」
「…はい」

ありがとうとごめんなさいを伝える。智紀はからっと笑って「感謝しろよ」と言った。本当にもったいないくらい良い先輩を持った。だからこそ、出来の悪い後輩であることを悔やむ。

(あー、落ち込むのも体力つかうよな。俺、こういうの向いてない)

はぁ、と声に出して深呼吸、さっと調子を入れ替える。
それを伝えるために要はしなを作り、わざとらしく智紀にしなだれかかった。

「ねえセンパイ。俺、落ち込んじゃった。慰めてよ」

媚び媚びの猫撫で声を「はいはい」で受け流す。
いなすようなそれは、あまりにもいつも通り、言いかえれば気のない返事に要は「ひどい」と言いながら身体を離す。すると良かった、とでも言われそうなほどの笑みで飲みかけだった紅茶に手を伸ばした。そんな彼を頬杖をつきながら眺める。

今日はカラコンもカラーリングも控えめな、茶髪に揃いの瞳だった。何の特徴もない平凡な顔立ちだけど、こうも一緒にいると見慣れてしまい、落ち着くなぁとすら思う。背も高く、小顔で、肌も若さがあふれてキラキラしているのに、覇気のない表情のせいですべて無に帰している。テンションひっくい。

(少しくらい、俺のことも見てくれたらいいのに)

まあ目が合ったところで、智紀はほかの男のように、うっとりもにっこりもしてくれないのだが。残念に思ったところで、はたと思いつくことがあった。

ふとこぼす。

「小鳥遊さんといるときは、センパイもかわいい顔するわけ?」


これに対する返事は、ご想像にお任せしたい。
ちなみに要の感想は「つまんないなぁ」と「嘘つき」だ。








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