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この恋、終わるか始まるか。

12話 訂正してほしくなかった

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12話 訂正してほしくなかった




*****


「相沢は、座らないのか?」

要の行動の意味など露ほども知らない男は、そう言ってのけた。
奇妙な声が出そうになるのを必死に抑え、何より和泉に悠一を避けているという事実を悟らせなくない一心で、要は会話に参加するしかなかった。

「…では」

腰を下ろしたのは、言うまでもなく和泉の隣だったが。ふたりが向かいに座ってくれていて、本当に良かった。大人しく従った要だったため会話はそのまま再開される。

「みゃーせんぱいって、身長高いよね。何センチくらいあるの?」
「最近は測定していないから正確には分からないな。190は超えていないと思うが、近くあると思う」
「だろうね。いいよね、背が高いの。何かと得だよね」
「おまえも小さい方ではないだろう?」
「日本ではね」

いや無理だろう。

なにが楽しくて、大嫌いで大好物のイケメンと、保護者を交えておしゃべりしなければいけないのだ。たとえ、自分が惚れっぽいだけで、勝手に不安を感じその心を押し殺しているだけにしても、このシチュエーションは運命のいたずらを通り越していやがらせとしか思えない。

目の前で繰り広げられる会話は、ひとまず聞き流しておいて、とりあえず今は落ち着くのを優先しよう。
しかしここまで来ると、普段なにげなく取っている自分の態度すら、思い出せなくなる。でもやるしかないのだ。これまでに鍛え上げてきた無駄な演技力を、無駄じゃなくする日が来たのだ。

無意識に右耳にはめられたピアスを触ると、ほんの少しだけ心が冷静さを取り戻した。いけそうかもしれない。

「和泉、俺に抜かされないか心配してたもんね」
「そう!ギリギリ越されなかったけど、伸びはじめたときは、肝が冷えたよ」
「相沢たちは、そんなに前から知り合いなのか」

意外そうにする悠一に、要は「まあ」と曖昧な声色で濁した。

(墓穴ほったー……)

記憶の奥底にきちんと蓋をして沈めてあったはずのものが、その言葉でぷかりと浮いてきた。それを再び鎮めることに意識を持っていかれ、口がきけなくなる。
まるで映画のワンシーンのように切り取られたフィルムが脳内に流れ出し、その当時の思い出が蘇ってくる。そう、あのときはまだ大学に通ってもいなくて…──

──要って、最近急激に背伸びてない?抜かされそう
──抜かしてみせるよぜったい
──えーなんかやだなぁ
──…おれもちょっと傷つきそうだなぁ
──こせるよ。もうイクト伸びないじゃん
──要が縮んでくれたらいい

まだまだ、自分より高い位置から伸びてきた手の感触。あぁ、もう思い出せないな。
事あるごとに髪を撫でてくるから、昔は気恥ずかしくなってその手を払うことが多かった。でもその”癖”が今となってはなつかしい。ふたりの愛を、もっと感じておけばよかった、なんて。

かつての記憶にひたっていた要を現実に引き戻したのは、携帯のバイブレーションだった。
夢から覚めたように、目の前には、閉じる前となにひとつ変わらない景色が広がる。そのことに、安心したような、そんなことないような微妙な気持ちを味わう。

携帯の持ち主は和泉だったようで、彼は申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめん。電話きちゃった」
「出てくださって構いませんよ」
「ああ」

ありがとう、と言いながらそれを手に取った和泉に尋ねる。

「イクトから?」
「うん」

和泉は、ちいさく頷く。もしもしーからはじまる会話に「そこも日本語なのか」と目を瞠る悠一は、すこし面白かった。たしかに冷静に考えればおかしいよな。

絶たれてしまった会話を、智紀がつなごうとして、困ったような目つきで和泉を見る。

「えっと、言っていいのかな」

こぼれた一言は、おそらく通話相手のことだろう。言いよどんだ気配を察したらしく、和泉は細長い指でおっけーをつくった。オッケーなのか。驚いた要が何かを言うまえに、智紀がうなずいて口を開く。

「イクトっていうのは、和泉さんの恋人です。アメリカ人。ふたりともこっちに住んでるんですよ」
「恋人…」
「ちょ、ダイレクトすぎ。宮センパイ引いちゃうでしょ」

そう言った途端、席を立って部屋の隅の方に移動していた和泉がバッとこちらを振りむいた。気づかわし気な表情に、しまったと思う。要のセクシュアリティをカムアウトしてないことがバレた。

(うわー…せめて前半でとめておけばよかった)

あの言い方では、悠一が差別主義者かどうかも知らないと言っているようなものだ。カミングアウトはともかく、そりゃあ「大丈夫なの?」という顔をされるだろう。人一番、過敏であることを彼は知っているんだから。

深く反省する間もなく、思考は次の発言に持っていかれた。

「別に。この大学は、留学生が多いから気にならない」

すでに忘れかけていた先ほどの自分のセリフに、悠一はそう訂正した。

(優等生な答え)

悠一の言う通り、この大学にはさまざまな国から留学生が訪れる。中には、同性婚が法的に認められている地域で育った人も大勢いるのだ。”人気者”の悠一は彼ら、彼女らと交流があるのだろう。
和泉も名前や使っている言語は日本のものだが、容姿はどこからどう見ても外国人だ。そういう国で生まれた、と解釈するのは自然な思考回路だと思う。実に、代表らしい回答だ。

でも実際に好意をよせられても、果たして同じことが言えるだろうか。少なくとも、要はそうは思わない。所詮、キレイゴト。けれど、その綺麗事を口にできる程度には、悠一は良い人なのだ。

擦れた考えがまとまったところで、電話を終えた和泉が戻ってきた。

「みゃーせんぱいは、わーるどわいどなんだね」
「それを言うならグローバルじゃないか」
「あはは、どっちでもいいよ。じゃあ切りもいいし、そろそろお暇しようかな」
「和泉くん気を付けてねー」
「じゃあな」
「…またね」

その一言で、本当に和泉は帰っていった。
名残惜しさなど微塵もなさそうに、あっさりと去っていく彼の姿を、三人は見事に違う態度で見送る。和泉が出て行った扉が完全に閉まっても、まだ要と悠一は、何となく反応することができない。智紀はすでに飲み終えたカップの片づけをしている。切り替えの早いひとだ。

悠一は、おそらく改めて和泉のインパクトを反芻しているのだろう。要は──いろいろなことが渦巻いて処理しきれていない。それでも、先輩が差別主義者ではないことがわかったのは、収穫だろう。本音だろうと建て前だろうと。

そう思うのに、どこか落ち着かない気分であった。よかったじゃんと軽く思えない。むしろがっかりしたような心地になるのは。

(どうしたもんかな)

自分でも何に対しての問いかけなのか、はっきりしない。感傷にひたっていると、しみじみと呟かれた悠一の一言が、耳に入り込んできた。

「…何か、小型の台風みたいな奴だったな」

智紀が吹き出す。うまいこと言いますね、と言われ肩をすくめる。智紀も特に返事を求めていたわけではないのか、それだけを言うと次の講義の用意を始める。要は何も言えない。ただただ、呆れに近い感情を抱いていた。

(和泉を見た後の感想がそれ…?)

いい加減、見慣れても良いはずの年月が経った要でもまだ彼を見て、その美しさに性懲りもなく狼狽えるというのに、悠一はその一言ですべてを締めくくったのだ。美意識が恐ろしいレベルでずれているのか、あるいは極度の近眼だったりするのだろうか。

いささか不気味なものを見るように視線を送ると、ふっと目が合った。自分よりもずっと上にあるきつそうなツリ目。ゆれつづける自分の瞳と──あぁ、重なった。

「相沢さん?」
「……飲み物、買ってくる」
「? おー行ってらー」

黙りこくる要を不審に思ったのか名前を呼んだ智紀だったが、その返答にうなずいた。しかし、もう要の耳には届いていなかった。取繕う余裕もなく、要は休憩室から逃げ出した。








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