FC2ブログ

小説

朱炎迫る日は思い出す

 ←朱炎迫る日は思い出す →出会いはカツアゲ未遂でした その2(完)


その日は、たしか太陽が目につく暑い日だった。

季節は夏を迎えたにもかかわらず、要の纏う温度は今日も冷ややかだ。
それはただ根暗な性格が表に出ていたのかもしれないし、慣れない講義の直後で疲れていたのかもしれないし、あまりの暑さにほとほと嫌気がさしていたのかもしれない。

もしくは、単純に相対する男が嫌いだったとか。

今となってははっきり思い出せないほど霞んでしまった記憶だが、とにかくついていない日だったことだけはよく覚えている。

「アイザワくん、だっけえ?1年だよね、最近よく噂に聞いてるよ~?」
「…そうですか」

異様に間延びした口調と粘っこい声に、どんどん気分が降下していくのが分かる。
それに”噂で聞いている”と言われたとて、要は眼前に迫りくる男を知らないのだから、馴れ馴れしく肩などつかまれては機嫌よくあるほうが難しいというものだ。

そうでなくても、自分は愛想のよい人間ではないのに。



*****

大学に入学してからはじめての夏は、とくに思うこともない。

その理由は、夏だからといって「暑いね」と話しかけてくれる人もいなければ、同じく「暑いね」と声をかける相手もいないから。
言えないひとことを心の中でつぶやいて、いつも通りふらつきながら正面玄関に向かっていたときだった。

見覚えのない男に声をかけられたのだ。

脱色のしすぎでパサパサになった金髪と、ニヤニヤと含み笑いをしている表情が印象的で、一目で「これは良くないな」と思う。
もっとも直感的にそう察することはできても「ちょっと顔貸せよ」と強引に腕をひかれてしまえば、一年の要に断る術はないだろう。

そのまま校舎の裏側に引っ張られて冒頭にもどるのだが、的を射ていない男の発言をしばらく聞かされ、要は辟易していた。
彼の言葉を要約すると「噂になっている一年がいるから、気になって声をかけてみた」とのこと。それ自体は自分の知ったことではない。はっきり言ってどうでもいい。

気になるのは、しゃべるたび耳に絡みつくような粘っこい響き。確実に裏があるのだろう。
けれども単刀直入に「つまり?」と聞ける度胸やコミュニケーション能力の類は、生憎備わっていない。ゆえに、ひたすら男の不快な声に耳をかたむけるほかなかった。

知らず態度にも表れていたのだろう、ふいに男が「聞いてるぅ?」といらだった声を出し、ぐいっと無遠慮に細腕をつかんできた。たまらず身をぬぐうがすでに遅く、乱れた前髪の隙間からまじまじと顔を覗かれた。

「へえ~、きれいな顔してんじゃぁん。前髪がながいから、てっきりぶすかと思った~」
「…はあ」
「ってことはさあー、じゃあゲイってマジなんじゃね?さすがにないわ~とおもってたけど、これはわかるわあ。男狙ってそうだしィ」
「…はあ」

ある程度予想通りの揶揄だったため、別段返すことばが見当らずそっけない返事になる。それが気に食わない男はさらに付け足した。

「めっちゃ噂になってんのしってる?自分で気づいてる?どーせ、手当たり次第にやってんだろ。知ってるぜ」
「…知ってるって、知らないですよ。初対面でしょう」
「つれないこというなよ。オレもさ、ちょおーっとだけ興味あったんだよねー」

ほら、男ってイイって聞くじゃん?

下品すぎる好奇のセリフに反論も出ず、すうっと頭が冷えていく。額をつたう汗が気持ち悪い。遠くでざわめく人の声とセミの鳴き声が重なり、巨大なかたまりとなって押し寄せる。耳が爆発しそう。

ああ面倒くさい。
そう思った途端、いやらしく背を這う手をはがす気力さえ、ぐしゃりと音を立てて潰えた。

恐怖に支配されてというよりは、どう抵抗して良いのかがわからない。どうするのが、正解なのか。

(…叫んでもだれも来てくれないだろうなぁ)

悲しいかな、間違いなく彼のほうが顔見知りは多いだろう。
もし偶然見つけてもらえたとしても、ろくに関わりのない、良い噂さえ聞かない要は見て見ぬふりをされて終わりそう。だって何一つメリットがないじゃない。

そう諦めかけたそのとき、ふと靴音が聞こえた。
ゴム底のやわらかな足音はわざとかと思うほど大きく、それに男も気づいたようで「だれだー?」と首をひねってあたりを見回す。要もつられて視線をずらすと、こちらに駆け寄ってくる人がいた。

「あーセンパイ!お疲れーっす!こんなとこにいたんすかあ」

現れたあらたな男。背が高いようで"先輩"と呼ばれた男の肩越しからでも、首から上を確認できた。
顔立ちにこれといった特徴はないけれど、なんとなく勝ち気そうだなと思った。へらりと笑ってはいても、どうもくにゃくにゃしていないのだ。目じりが鋭い。

さらに言えば、先輩と似た色見の派手な金髪で、また無駄に語尾の伸びた低い声。

(…絶対仲間じゃん)

そう確信せざるを得ないほどその後輩と思しき男はチャラかった。それはもう。さらなる絶望が押し寄せたとき、あることに気づく。

(あの人、どこかで見たことある……誰だ?)

探しましたよーと親しみを満面にのせて笑う男の顔は、見覚えがあった。
あれは、たしか以前にも──

(そうだ、部屋を教えてくれた…)

ビリっと感電したように記憶がよみがえる。数週間ほど前に一度だけ言葉を交わした。その人に間違いないだろう。
恩人だというのにすっかり忘れ去っていたことを申し訳なく思いながらも、やっぱり不良だったのかとどこか落胆する気もあった。人を見かけで判断するべからずと、流行りのうたでも聞くけれど、実際はなかなかに難しい。

髪を金色に染めて着崩したジャージを身に纏い、ケラケラと大声で爆笑する姿を見て、正義のヒーローだと目を輝かせるのはちいさな子どもでもしないことだろう。

あのときは気づけなかったが、男とちがい恩人はそれほど悪くない顔立ちをしていた。
俗にいうイケメンではないかもしれないけれど、背は高いし顔もちいさい。よく見ればスッとシャープな輪郭をしていた。目や鼻というパーツではなく、顎のラインなどに魅力がある。

そしてなによりピカピカと明るいオーラをもっていた。
とにかく人懐こさのにじむ空気感は芸能人が放つそれとは違うが、人に好かれる人間特有の"陽"のオーラだった。

それが目に見えるほどだから、きっとこの先輩にもさぞかし気に入られていると思った。

(わざわざ俺に絡まなければいけないほど、人気ないようには見えないな)

それとも見かけはふつうでも、この男と同じで気味の悪い趣味をしているのだろうか。

後輩の登場に気を良くしたのか、男はなにやら別の話題をふっていた。
それにどこのバラエティー番組のパネラーかと、呆れてしまうほどオーバーなリアクションで答える。

こういうことをしなければ、昨今は先輩後輩の関係を築けないのか?
だから自分は絡まれているのだろうかと、胃がつぶれるような不快を感じて、引きつった息をもらしたとき、なぜかその後輩と目が合った。

そういえば、ここまで一言も要について触れていないのはどうも不思議なことだ。
間違いなく視界には入っているだろうし、先輩が迫っているところも目撃したはず。

どうでもいいのかもしれないな。と、なにも言わず目を逸らそうとしたら、先に視線を外される。それは要の瞳からどんどん下へさがり、ちょうど手のあたりで止まった。
思わずつられて視線を下げれば、男が会話に気を取られたことにより拘束がゆるくなっていたのだ。気づいたけれど、要の身体はその場に縫い付けられたかのようにピクリとも動かせなかった。

それもそうだ。見知らぬ学生ふたりに囲まれて要の精神は限界だった。アリよりもちいさな心臓は、絶えず早鐘を打っている。荒い呼吸を必死に整えつつもしやと思い、ほんのわずかに首をふって示す。

すると、驚いたことに彼はゆっくりと頷いたのだ。

「あっ、そーだ!センパイ、向こうでイツメンが呼んでましたよ。いかなきゃマズくないっすか」
「はあ?おれを?なんで?」
「それは聞いてないんですけどー、あれじゃないっすか。センパイに聞きたいことでもあるんじゃないですかねえ」

ほら、先輩ってみんなに頼られてるしーとウソみたいに媚びた声で両手を合わせてみせる。
しなをつくってくねくねと揺れながら「先輩ですからねえ」とおだてる姿に、若干引いた要だったが、この男はちがったようだ。

おう、そうかあ?なんて嘘でしかない言葉をあっさり信じて、気をよくしている。

今のご時世でも、こういうものに引っかかる人間はいるものだ。
そちらにはドン引きしていると「あっちでしたよ?あ、もしかしたらもう帰っちゃったかも?」と焦る後輩に「じゃあ、急ぐわ!」と言い残して、男は振り返ることなくこの場を去っていった。

「お疲れさまでえーす」

呆然と立ちすくむ要をよそに、彼はぶんぶんと手をふりまわして盛大に見送る。
しばらくそうしたあと、はぁーあという絵に描いたため息をついた。くにゃりとした笑みはすっかり収められ、ゆるく鋭い目が光る。





関連記事


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 初めまして
もくじ  3kaku_s_L.png 人物紹介
もくじ  3kaku_s_L.png LINE その①
もくじ  3kaku_s_L.png LINE その②
もくじ  3kaku_s_L.png 長編*
もくじ  3kaku_s_L.png 落書き
もくじ  3kaku_s_L.png 小説
もくじ  3kaku_s_L.png お知らせ
もくじ  3kaku_s_L.png 頂きもの
もくじ  3kaku_s_L.png こぼれ話
  • 【朱炎迫る日は思い出す】へ
  • 【出会いはカツアゲ未遂でした その2(完)】へ

~ Comment ~

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

かきうさまへ


わ~ありがとうございます(´▽`*)♡

要というフィルターを通しての智紀は意外と解像度高かったですね。
意外と本人より、人から見たその人のほうが的を射ていたりしますよね。クリアに写るというか。要の目には良いところが見えて、怖いけど交流してみよう…という気になったのかもしれません(゚∀゚)

本当に触れづらいことばかりの昨今ですね。
そんな中、遊びに来てくださってありがとうございます。かきうさまも自分も無事なことに感謝しながら、これからも癒しをお届けできたらなと思います。これからもよろしくお願いします(*´ω`*)

コメントありがとうございました。

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【朱炎迫る日は思い出す】へ
  • 【出会いはカツアゲ未遂でした その2(完)】へ