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この恋、終わるか始まるか。

18話 真相に触れる

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18話 真相に触れる




*****

「先輩だ。コンニチハ」
「……相沢?」

何故いる。

そんな思いがまざまざと顔に出ていたのか「一人のときは鍵、閉めてるの」と苦笑混じりに教えられる。

低く甘さのある声を耳にしながら、ただただ困惑しぼんやりとした顔で立ちすくむ。
要は椅子に感心するほどスラリと伸びた長い足を組んで座っていて、課題でもしていたのかプリントの広がる机に向かっていた。確認するまでもなく、部屋にいるのは本人の言葉通り彼一人だった。

まさか、こうも上手く思惑通りのシチュエーションになるとは。逆に想定外で、自らのタイミングの良さを呪いたくもあり、褒めてやりたくもなった。

(何はともあれ、助かった)

とりあえず無難な会話の糸口を見つけようと考え「お疲れ」と定型文を投げかける。すると、あっさり「お疲れ様です」と返ってきた。それに加え、今のところ部屋を出て行く素振りもない。不思議な事もあるものだ、と逃げられることに慣れてしまった脳は、そう思ってしまった。

驚きから無意識に美貌を見つめていると、さしもの要も居心地が悪そうな顔をする。けれども上手い視線のはずし方が良く分からず、なおも見つめ続ければ、彼は綺麗に並んだ白い歯の隙間から、ちらりと舌をのぞかせた。

「どうしたんですか? 人の顔じっと見て」

それもつかの間、要はそのひとことでふわり──とこの場に流れる空気を支配した。

計算された角度で傾げられる、完成された表情。彼が何を言わずとも、例の噂の正体がその姿をちらつかせた。思わず耳を疑いたくなるような、それでいて、分かりやすく人間が食いつく噂話。
それはただの噂ではなかった。いや、少し考えれば気付けることだったのだ。何故、真偽がはっきりしないにも関わらず、話題がつきないのか。

下世話なゴシップを流していたのは、彼自身だったのだ。

要が故意に自らについての話を発生させ、コントロールしていた。運悪く噂される対象になってしまった者に、こんな重圧な色気を出せるわけがない。
甘く整った容姿をした男が”男”に対して誘うような雰囲気をちらつかせ、笑ってみせるだけで、年若い──まだ大人になりきれていない精神状態の者が、その後どのような行動を取るかだなんて、要とて予想がつくだろう。

(何故、そんなことを。)

悠一には、仮説を立てることすらできない。彼が分からない。しかし、それでも気が変わることはなかった。理由はただひとつ、智紀と約束を交わしたからだ。

”要は、本当は良いやつなんだ。理解してやってほしい”

そう必死な面持ちで頼まれて、それをないがしろにできるほど、悠一の性根は腐っていない。

そして、それと同じほどここで引くべきではないと思わせたのは、張本人である男の表情も関係していた。
唇の端を持ち上げ眉を下げている。かろうじて笑みをかたどってはいるが、その目から透ける色は、冷たく、暗い。”氷のような目つき”とはこのことを言うのだろう。ついさっき、氷河から取り出したような、突き放すような瞳こそが、この部屋に充満する冷たい気配の根源だと分かる。

どうせ、あなたもケイベツしているんでしょう?

「あの”噂”本当なのか」

均整のとれた背筋の付いた背を伸ばした。
濁りのない口調で、目で、そんなことを尋ねてくる悠一を要はフッと笑う。当然ながら、それは紛い物の笑み。むしろ凍った瞳で紡がれる口先だけのそれは、なおも彼の纏う温度を下げるばかりだ。

「直接、訊いてくる人初めてですよ」

そう言われ、こちらもそうだろうなと胸中で同意する。

彼は自分と、自分の感情を隠すことに長けている。その上、それを培うための努力をしているのは一目瞭然だった。つまり悠一のようにストレートな物言いではなく、遠回しに当てこする輩には、その磨かれた語彙で曖昧かつ思わせぶりな回答で躱すのだろう。

念のため言っておくが、悠一はただの好奇心や個人的な興味からこんな問いかけをしているのではない。だからこそ彼は悠一の疑問を鼻で笑い、いかにして真実を誤魔化すかの駆け引きに出たのだ。

(悪いが、俺はお前がこれまでにしてきた方法でははぐらかされてやらないぞ)

「気になったんだ」
「気になった?…何が? 噂を聞いたとか?」
「それもある」

思いは目顔で伝わったようで、要はその瞬間すっと表情を打ち消した。

薄ら笑いを解いた彼は、クールな美貌をしていた。なるほど、真顔はそれなりに迫力がある。
目じりが上がり気味の切れ長の瞳と共に柳眉を逆立てると、分かることだった。美人が怒ると怖いというのは、どうやら迷信ではなかったらしい。

しかし、顔の厳つさには悠一もいささか自信がある。自慢にもならないが、氷点下を感じさせるオーラを醸し出しているにも関わらず、まだ持ち前の美貌の残る要とは違い、地顔から人相がよろしくない。
その効果がどの程度かと言えば、それはもう道端で人にぶつかろうものなら、顔面を真っ青にされくり返し謝られたり、小柄な女性だとバランスを崩し、相手からぶつかってきたとはいえ、何だか申し訳ない気分になったりするものだ。後者は効果とは関係ない気もするが。

それでも萎縮することなくねめつけてくるあたり、要は見かけにも滲んでいる通り、随分と気が強いようだ。

数分に亘る睨み合いに終止符を打ったのは、彼の方だった。というより、このまま続けても悠一が引き下がることはないと悟ったのかもしれない。

ふいに立ち上がった。そのまま、流れるような動きで目にかかった髪を払いながら、所作のひとつひとつを見せつけるように近づいて来る。
その、まるで女王の如く悠然とした足取りは、悠一の目にはスローモーションに見えた。ゆえにその行動について感想を述べることができない。

要は、ひと一人分ほどあけたところで足を止め、問うてきた。

「センパイは、どっちだと思いますか?」

ふわりと鼻先に甘い香りがした。ねっとりと悠一に絡みつく。女のようにあざとく、それでいて確かに性的なものを感じさせる、婀娜やかな。

(しまった)

どうして、もっと早くに察することができなかったのだろう。要の纏うオーラはすでに”後輩”のものではなかった。彼が付け替えた仮面。それは──

「ねぇ、試してみたい?」
「相沢」

そっと、首筋に手を這わされる。
さっき感じた印象を具現化したのかと錯覚するほど彼の手は冷たい。ひんやりとした熱は、触れている場所から徐々に浸食していく。シャープな肢体に見合ったつくりの掌。その感触は、確かに男であると実感させるものでしかなく、どこにも女性だと錯覚する要素はないのに、全く嫌悪感を覚えなかった。

否、嫌悪感を感じない触れ方を彼が会得しているのだろう。

ほっそりと形の良い指先は、器用にうなじをくすぐる。その所作に身体の細胞の意識がすべて持っていかれかけたとき、要はくいと顎をとらえ、悠一の視線を誘導した。普段の気だるそうな姿から一転した、妖艶な男と目が合う。

「俺、センパイになら良いよ?」

身長差すら完璧に考慮された角度から見た要は、想像を絶する婀娜っぽさだった。
軽く小首をかしげているため、伸び気味の髪ははらりと首元へ落ちている。それによりいつもははっきりと見えない、きれいな顔が露出していた。ピアスがちらりと覗く。これも計算のうちだとしたら、恐ろしいとしか言いようがない。

(間違っても"可愛い"ではないな)

わざとらしい上目遣い。媚びを含んで濡れた猫撫で声。使い古された誘い文句。まとわりついてくる婀娜っぽい香り。
これ以上にない古典的なハニートラップだ。よくもまあ、たかが二十年しか生きていない、ごく一般的な大学生がここまで人を惹きつける”演技”をするものだ、と思った。

慣れ切ったそれらを見せつけられているのに、要が振りまいているのは、ひたすらに妖艶で、蠱惑的な色香。けれど──

「遠慮しておく」

悠一は、それだけで理性を失くすほど甘い男ではない。
ここで策に溺れてしまったら、それこそ彼の中で”その他大勢”というポジションに成り下がり、今後の展開が望めなくなってしまうのだ。それは、何よりも困る。

あくまで優しく肩に手を置き、身体を離すと、要は初めてのせる色でこちらを凝視していた。その目は、ひどく透き通っていて、反対に自分の方が驚いてしまう。

(何だ、そういう顔も出来るのか)

この表情の方がよほど魅力的なのに。それを隠して、わざとらしい作り物のそれで塗り替えてしまうなんてもったいない。そう思うのは悠一だけではないはずだ。

「そう。それは残念」

しかしそれも一瞬のことで、すぐにあの思わせぶりな笑みに戻ってしまった。けれどあの圧倒的な質量で襲い掛かってきた色気は、すうっと要の中に引き込まれるようにして鳴りを潜めた。

いつもの彼に戻ったことに、ほっとする。”いつもの彼”がどんな風かなんて、自分は知らないのだが。

「失礼しました」

じゃあ、俺は帰りますね。

その一言で要は踵を返し、ささっと休憩室を出て行く。彼の細い腕には、先ほどまで片付けていたのであろう大量のプリントを抱えられていた。手伝ってやりたいとは思ったが、今回ばかりは引き留める気は起きず「ああ」と頷き、重たそうに、されど颯爽とした足取りで去る要を見送る。

バタンと扉が閉まる音を最後に一気に閑散とした部屋で、悠一は間抜けにも微動だに出来ず、胸中で首を捻った。

(……これで良かったのか?)

確かに話はできたのだが、どうも当初の目的とは違ってしまった気がしないでもない。しかし、致し方ないか。
結局質問の内容は答えてもらえず、はぐらかされてしまったけれど、一歩前進したという手ごたえはあった。これだけで要が心を変えることはないだろう。だが、それは追々どうにかすれば良い。

部屋中の空気は何か、すごいことが起きたようなそれだ。

(まぁ、良いか)

相も変わらず、真面目ゆえに抜けているところのある悠一は、先ほどの時間をその一言で流しあっさりレポートに取り掛かった。


そう、生憎要がどんな気持ちで行動を起こしたのかを慮ることができるほど、悠一の思考は繊細ではないのだ。




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