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この恋、終わるか始まるか。

19話 あれからどうなった?

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19話 あれからどうなった?





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「先輩と、あれからどうなった?」

それが、休憩室に入ってきた要に初めにかけられた言葉だった。

もっと、ほかに言うべきことはないのだろうか。
少なくとも、開口一番それを言う必要は一ミクロンもないと要は思う。例えば、何日かぶりに顔を合わせたのだから「久しぶり」とか、講義の合間に使用されることが多いからか、この部屋でよく使われる「お疲れさま」とか。

そうでなくても、何か無難な挨拶をしてからにしてくれても良いじゃないか。取り留めの無い話題ならともかく、要が嫌がるのが前提のものなら、なおさら。

赤い先輩は、要の反応を興味深そうに「キシシ」と笑った。
発言に気を取られ、開けっ放しになっていた扉を閉めるときに、つい乱暴になってしまったのは許してほしい。

要の穏やかでない心中をしっかり表現した大きな音に、智紀は空耳を使う。それなら、こちらも知らぬふりをしてやっても良いだろう。

「また随分と急ですね」
「あれから、まあまあ時間たったじゃん。急ってほどでもないでしょ。引きこもりの相沢からしたら違うかもだけど」

その一言いる?

しかし、昨日の今日で言ってくるなんて、相変わらず勘が良いというかなんというか。

はぐらかしても仕方がないので、要は「実は」から事の顛末を語った。


*****

しいていえば、ただの出来心だった。
さらにいうなら、いつまでも避け続ける自分自身が鬱陶しかった。休憩室で"ふたりきり"なんてさほど珍しいことではない。それこそ、代表さんと一緒になるのもこれが初めてではなかった。

だったら、何故いつものようにさっさと退散しなかったのかと問われたならば、かなりつまらない答えを返すことになる。そういえば前にもこんなことがあったなー、とのんきに記憶を手繰り寄せていたら、退室するタイミングを逃してしまったのだ。
加えて、本来の休憩室の正しい使い方であるレポートをこなしていたので、机上にはプリントが散らばっている。

これを今から片付けて、それから逃げる。何だかひどく間抜けなことをしているな。そんな風に考えてしまえば、馬鹿の一つ覚えのように逃げ惑っていた自分が、途端に滑稽に思えてならなくなった。

(何だこいつって思われてるんだろうな)

あほらし。胸中で己を罵っていると、ふと悠一の視線を感じた。
これまでは要に気を使ってか、一定の距離を保っていた彼がじっと見つめてくるのは珍しい。いや、もしかすると初めてかもしれない。何事か、と思案する前に思い当たる節はある。

そうか、逃げないからか。

人付き合いに長けた悠一は要がどれほど無礼な態度を取っても、決して責めることはせず、せいぜい不思議そうに首を傾けるのみ。しかし当然気付いていないわけではなく。

今日は逃げないのか。そう言いたげな視線にさらされ、要は考える。
さて、これからどうしたものか。逃げるが勝ちという言葉にのっても良いし、気まぐれなふりで会話をしても別に構わなかった。何だって良いのだ。結果的に彼と関わることがなければ。

くせで頬杖をつきながら逡巡していると、彼は目を合わせてきた。

(……あ)

鋭い目つきだ。猛禽類を思わせるきつい瞳は、状況的に自然と見下ろされることになっているからか、高圧的で、けれど人の悪さを一切にじませないふしぎな視線。強く頼りがいのあるひとが持つ目。

どきりと胸がはねる。

(かっこいいなぁ。イケメンだし、頼りがいもあるし、モテるんだろうな)

メンタルもフィジカルも弱い、いささか女性よりな考え方をする要には、到底手に入れることのできないそれは、とても輝いて見えた。きっとこの人は自分のような人間は嫌いなんだろう。

(…それならそれで、いいのかな)

どうせ好かれはしないのなら、向こうから突き放してもらえばいい。

今思い返せば、狂っているとしか言いようがない。けれどこのときの要は半ば本気でそう思った。多分に、コミュニケーション不足の脳が”悠一”という人間を、うまく処理ができていないのもあったのだろう。

「どうしたんですか?人の顔、じっと見て」

気付けば声のトーンが、纏う空気が、誘うときのそれになっていた。

こんなことをしても何も変わらないのに。そう思いつつ支配した部屋の雰囲気に、悠一はわずかに戸惑う素振りを見せる。自暴自棄になり発散させた色気を、肌で感じただろうに、彼はそれでも不愉快そうな目をしない。

それどころか表情を引き締め、問うてくるのだ。

「あの”噂”本当なのか」

(ああ、知ってたんだ)

要に対し懐疑的な見方をしないから、てっきり知らないものだと思っていた。存じたうえで要を知ろうとしてくる彼の優しさが好ましい。同時に憎くてたまらなかった。以前、智紀たちにも感じた思い。

”どうせ、一番にはしてくれないくせに”

上辺だけの付き合いなんてもうこりごりだ。先日寝た男だって、今は面白おかしく要との関係を触れ回っている。悠一に傷つけられたのではない。でも腹が立った。

「直接、訊いてくる人初めてですよ」

茶化したつもりだったがどうも上手く行かず、笑い飛ばした声は奇妙に喉もとでつまり、汚いものになる。そんな姿を見せられた悠一は増して、視線をきつくする。

誤魔化すな。

目顔で言われ、ああ、今回は逃がしてくれないんだなと感じた。けれど、そのくらいで素直に悠一に縋るようなかわいらしさを、要は持ち合わせていない。へらへらとわざとらしく”作って”いた表情はいつの間にか、彼と同じ無になっている。

気づいてはいたが、再び笑みを形どるのは億劫で、そのまま悠一を見据えた。きりっと整った彼の顔は真剣味を帯びていた。

(どうして、知りたがるの)

たかが同じ部屋で過ごすだけの後輩をなぜそこまで思える。要には分からない。教えられても、きっと理解できないだろう。だから心を許す気にはならない。見つめ合いは、いつしか睨み合いに変わっていた。

教えろ、教えない。無言のやり取り。
悠一はおそらく、要が話すまで引き下がることはない。数分もしないうちに悟り、それならと思う。

(気持ち悪い、って言わせてやるよ)

口では何とでも言えるんだ。それなら、実際に迫られてもあなたは笑える? 無理でしょう。絶対に、無理。じわりと視界が歪むのがわかった。

(格好良い先輩に嫌われるのは、きついなぁ)

そう思ったときに気づく。何故、自分が執拗に悠一を避け続けたのか。

自覚してしまえば、途端にストンと胸に収まった。
嫌われたくなかったんだ。関われば、きっと彼のような良い人間は、要のことを受け付けない。突きつけられるのが怖かった。好いてほしいわけではないけれど、嫌悪されるのを耐えられるほど要の心は強くはない。

だからこそ、早く最後通告をしてほしい。これ以上、優しくされたら自分の首を絞めることになる。

「ねぇ、試してみたい?」
「相沢」

そっと首筋に手を這わす。

自分のものよりずっと太いそれを掌で感じ、ドキドキした。体温が高いのか、それとも要の手が異様に冷たいのか、悠一の肌はとてもあたたかかった。

牽制するように名を呼んだ悠一が顎を引くのを逃さず、捉え、こちらを向かせる。間近で見た彼の顔はやはり整っていた。

「おれ、センパイにならいいよ?」

色素が薄いのか、至近距離で見ても茶色っぽい瞳がふいにゆらいだ。

優しい彼は、要を突き飛ばすことができないのだろうか。あわよくば、引っかかってくれればいいのに。そんな思いが根底にあるのは隠しきれず、媚びて見せる瞳はいつもより甘く濡れていく。

けれど、悠一はやはり悠一だった。

「遠慮しておく」

え、と思ったときにはすでに遅く、穏やかな声でそっと身体を離される。まるで労わるように優しく添えられた手は、軽く距離をつくる程度の力加減でしかなく、要は思わず悠一を見つめる。
怒りなど微塵も感じない、抑揚の少ない低い声はいつも通り。柔らかに触れられた肩もおそらく、彼にとっていつも通りの触り方のはず。

意味が分からない。けれど、意識して纏っていた色気がすうっと消えて行くのを感じた。心が素にもどっていく感覚にまずい、と思い反射的にあの冷たい微笑を形作った。

「そう。それは残念」

これくらいのこと、何てことないんですよ。慣れているから、気にしないでくださいね。

そんなわざとらしい空気を瞬時にもっともらしく出せる自分を褒めてやりたい。内心、緊張におののいているのをひた隠し要はそう悠一に告げ、脱兎のごとく部屋を後にした。







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