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この恋、終わるか始まるか。

失恋未遂

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失恋未遂





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校舎から出ると、さぁーと緑色の香りをのせた風が、すぐそばを吹きぬけていった。

微かにぬれた土の匂いが混じっているのは、環境保護をモットーとしている、自然に携わっている学科の学生が毎年キャンパス内に草花を植え、まめに手入れをしているからだろう。
その甲斐あって一歩敷地内から足を出してしまえば、駅にほど近いのもあり人の往来が多く、公道には車がガンガン通りすぎていくにも関わらず、広い構内の空気はほかと比べて澄んでいる。

のだが、等間隔に配置された樹木を見てぼんやり考えたことといえば、ボランティアなる活動をしているから、うちの大学は評判が良くて就職率も良いのかな、というこの上なく現実的なものだった。
まあ綺麗な酸素を取り入れることにより、肺が清められていくような感覚は悪い気分ではない。

どうせなら、汚れた心と身体ごと浄化してくれたらいいのに。
大学生にもなった男にそぐわない、ポエミーなことばだとは思うが、半ば本気でそう考えた。

そのまま、帰途に着こうと踏み出したとき、珍しくクリーンな視界に一組の男女が留まる。ふたりは、いつか要も座っていたあのベンチで静かに語らっていた。

男は遠目でも分かるほど大柄で、黒地のシャツにジーンズというシンプルな出で立ち。
一方女性は小柄で、毛先にパーマのかかった、わたがしのようなチャコールブラウンの髪を風に遊ばせている。服装は淡いさくら色のロングスカートに白いブラウス、その上に同系色の、袖にフリルをあしらったカーディガンを合わせた装いだった。今どき珍しい清純派といったところだろうか。

そんないかにも女子力の高そうな、かわいらしい女性に見覚えはなかったが、隣に腰を下ろしている男の名は知っていた。

(宮センパイ…だよね?)

木々が目隠しとなりあちらからは要の姿を確認できないが、人違いをするほどの距離ではないし、生憎視力にはいささか自信がある。
柔らかなオーラを纏う女性の顔には”彼と話すことができて幸せだ”と見ている方に訴えかけてきている。あの悠一ですら、美女を見つめながら、彼女の咲かす話の花を頷きつつ聞いていた。

隠さない幸せオーラと、その親しい距離感に、気付いた。

「へえ、先輩。彼女いたんだ」

呟いた声は思っていたよりずっと小さく、サラサラと風が流していく。気を利かせてくれた彼らのおかげで、悠一と女性の耳には届かずに、一欠けらの跡を残すことなくどこかへ運ばれていった。

お似合いじゃないか。

先輩が選ぶくらいだ、きっと性格も良いんだろう。その証拠に話したことはないけれど、綺麗であろうと努力する女としての甲斐甲斐しさが、女性には滲んでいた。伝わってきた。女性らしく、美人で、ちゃんと努力もしていて、なおかつ笑顔がかわいい人。お似合いすぎてことばが出ない。

(俺って、なんでいつもこうなんだろうなぁ)

そう考えて、ハッとした。
狙っていた相手ならともかく、なぜ悠一を見てこんな気分になるんだろう。おかしいな。今まで残念だと思うこそすれ、じりじりと心臓が痛むことなどなかった。急激に膨らんでいく思いはしかし、ストンとぽっかり空いた穴へ収まった。

(惚れやすいよなー。いや、違うか)

正確には、本気になる前に失恋しているから。あぁ、世の中って世知辛い。
でも、こんなもんなのかなとも思う。仕事も恋愛も上手く行っている人の方が稀なのだ。だからきっとこれがけっこう普通の人生。よくある事にすぎないから、いちいち誰も気に留めることはない。

要の場合はそれ以前の問題で、今の段階ではまだひとりもこの気持ちを知らないから、つまり”無かったこと”になってしまった。好きになる前に突きつけられた現実。ゆえに傷を負うことはない。

どうやら悠一はそんなところまで優しいらしい。本気になる前にゼロの可能性を教えてくれるとは、どこまで良い人なんだろう。優しすぎて残酷なひと。そして良い人には"イイ人"が、傍にいるもの。

「帰ろ」

今度は明確な意思があったからか、風はことばを攫うことはなかった。空気、読んでくれるのか。空気だけに。俺にもその能力を分けてほしい。そうしたらさ、少しくらい──

「──わっ……へ?」

合図でもあったのか、と思うほど嫌なタイミングで携帯の呼び出し音が鳴った。微々たる音量だが、無機質なそれはのどかな昼下がりに存外大きく響き、気付いた女性が「あれ、誰かいるのかな」と声を上げた。

が、逃げ足の速い要は強く携帯を握りしめたまま、姿を消した後だった。

足を止めたのは、ふたりがいたところの裏側で、人気のない場所だ。久々に心底あわてて走ったため、思いのほか上がった息を清らかな風が慰撫するように吹く。

数度、深呼吸を繰り返して整えたのち、発信者を確かめようと液晶を見れば「和泉蓮」と記されていた。なんというタイミングなんだろう。監視でもされているのかと一瞬恐ろしくなったが、彼には昔からそういうところがあったのを思い出す。

場にそぐわないことを考えている間に、脳は落ち着き、呼吸がもとのリズムに整った。人がいないのを良いことに立ち止まったまま、通話ボタンを押し、ピアスのついた耳に当てる。

「もしもし、要ちゃん?いま、だいじょうぶ?」

途端聞こえるなじんだ声は、H2Oを排出する木々よりも、このときは癒しをくれた。返事もせずに、透き通るようなそれを体内に入れ、ほっと息をつくと、彼は不意に黙り込んだ。きっともう、落ち込んでいたことはバレてしまったのだろう。

彼は伊達に保護者じゃない。電話越しとはいえ、勘付かれないはずはないのだ。そして、これからきっと要がいちばん安らぐ方法で、心を慰めてくれる。そんな予感がした。本当はもう甘えたくはなかったけれど、すでに通話を切断する気力は残っていなかった。

「要?どうかしたの」

けれど、まさか本当のことは言えず、息を詰まらせれば、和泉も察してくれたのか黙って待ってくれた。

要はゆっくりと唇をひらく。

「本気になれなかった」
「うん?」
「恋、してみたかったんだけど。好きだなーと思う前にストップがかかる。失恋でもいいから、告白くらい経験したかったのに」

我ながら脈絡のない発言だ。なのに、和泉は「宮先輩のこと?」と言った。

「そう」
「あらら、意外。けっこう本気だったの、君?」
「智紀先輩にたきつけられただけだけどね。好きになれそうだったのに。ダメだなぁ」
「それ目的が変わってない?」

困ったふうに笑われて「そうかも」と片手に力をいれる。

どうせ付き合えないけど、偏見がなくて優しいから無為に傷つけたりしないし、好きになってみようかな、と。ひどい話だ。でも本音だった。人を好きになれない自分はおかしいから、普通になるために彼を利用しようとした。きっと諦めたのは、恋人の有無じゃなくて単に目が覚めたってだけ。

そのまま打ち明けたら、和泉は「そっか」と一言で肯定した。

「恋愛したいの?」
「…そんなに?」
「じゃあなんでセンパイ」
「やさしく振ってくれそうだから。べつに小鳥遊さんでもいいんだよ、でも冗談でも怒られそうじゃない?」
「ああ、智紀に?それはそうだろうね」

くすくす笑って「あのね」とまろやかな声を出す。

「無理しなくていいんだよ」
「でも"そのうちそのうち"で、ずっとここまで来て…まだダメだった。好きにもなれない。やめたいのに、ちゃんと相手を…」

ふらふらと相手を探し求めて遊ぶのは。
今の状況も、うわさも、要の弱さが招いたことだ。だったら、恋する相手がいればやめられるんじゃないかと思った。ただ、もうやめたかっただけだ。

「そうだね、要は心を開くまでに時間がかかるから、もうすこし先になるかも。でもだいじょうぶだよ。いつか、自然と"好きだなぁ"って思える人が見つかる。俺はうそつかないよ」
「…そうかなぁ」

信じられなかったけれど、和泉はうそをつかない。だから彼の言葉を疑うことはなかった。
それから一言二言、近況報告をして和泉は「もう切るね」と言う。

「折り返してくれてありがとう。また近いうちに遊びにおいで」
「またね」

そこで彼の優しい声が聞こえなくなってしまえば、通話を切ることに未練は覚えなかった。行けばすぐに会えること知っているからかもしれない。ああ、ますます友人関係が二の次になってしまう。

(もう、和泉たちがいればいいのかな)

自分の人生とは、そういうものなのだろう。だって好きじゃないのに──何だか、胸が締め付けられるこの思いは、もうしたくない。

身体をすり抜けて行ったみどりの風は、そろそろ秋の支度を始めていた。









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~ Comment ~

弱ってる要ちゃんが可愛いと感じてしまってだめだなあと思いました…。「そうかなぁ」とか…先輩の智ちゃんの前だとですます口調なので思わずキュンとしちゃいました…。(笑)
和泉くんもさすがお母さん!!😆💕
宮センパイのスケコマシー!!って叫びたくなりました…。はやく要ちゃん元気になってほしいです…弱ってる要ちゃんもかわいいですがやっぱりいつもの要ちゃんが好きなので…😭

はるこさまへ


普段がわりに強気な分図らずもギャップになってましたね(T_T)
たしかに敬語のイメージが強いですね!ですます口調が抜けたときの、素のしゃべりは意外とかわいいというか、幼いのかもしれませんね。

わたしも素直にショックを受けてる要…悪くないなと思いました…(笑)

話の展開上どうしても可哀想な思いをさせてしまうこともありますが、最終的にはハッピーエンドにしたいと思ってるので、安心して弱ってる要も愛でてあげてください(*ノωノ)

さすがスケコマシ先輩の後輩…!智紀は健気に追いかけていますが、要はどうなるのでしょうね( ・-・ )


コメントありがとうございました。
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